第三コーナー回ったあたり

日記とエッセイ。頭の中を掘り返すための。時々短歌。

丸は四角を兼ねないフライパンと卵の話

卵料理というのは奥が深い。そもそも卵というのはたんぱく質の塊だから一度熱を加えると性質が変わる、つまり熱で固まってしまうと二度と元には戻らない。だからこそ加熱調理には手際の良さが求められるがいまだに得意ではないし、ついでに卵を割るのも下手くそだ。


そんな手ごわい食材だけど、生まれて初めて作った料理は目玉焼きだった。卵が一個あれば出来上がる料理だから簡単といえば簡単だけど、理想の目玉焼きをつくるのはそう簡単ではない。
小学校のたぶんまだ低学年の頃だったと思う。母に手ほどきを受けながら初めて目玉焼きを焼いた。出来がどうだったかは全く覚えていないが日曜日の朝食に家族全員の分をつくったのは覚えている。たぶん美味しいと食べてもらったのだろう(実際に美味しかったかどうかは別にして)。以降、日曜日の目玉焼きづくりは私の役目となった。


当時の我が家には目玉焼きに適した、かつ子どもでも扱いやすい小さ目のフライパンがなかったので玉子焼き器で代用していた。当然出来上がりは四角い目玉焼きになる。おまけに玉子焼き器にはフタがないので適当な鍋のフタを使って蒸し焼きにしていた。だが四角い卵焼き器に丸い鍋のフタでは8割ぐらいしかフタとしての役目を成していなかった。色々と納得のいかない目玉焼きしか焼けないのを私は四角いフライパンのせいにして、母に丸い小さなフライパンが欲しい、とねだった。やはり目玉焼きは丸くないといけない。


普段は簡単に私のおねだりを聞き入れない母が、珍しく次の日曜日に間に合うように小さな丸い鉄のフライパンを買ってくれた。とても嬉しくて日曜日が待ち遠しくて仕方がなかった。
かくして次の日曜日から我が家でも丸い目玉焼きを焼くことができるようになったのだが、もうそれだけで満足してしまったのか、いつの間にか日曜日の目玉焼きはまた母がつくるようになっていた。今までと違っていたのは丸い正しい目玉焼きになったことぐらいだ。
母はおそらく、娘を料理好きにするチャンスと丸いフライパンを買い与えたのだろうけれどその目論見は見事に外れ、その後の私はまともに料理をすることはほとんどなかった。


時は流れて結婚後、何かと役に立つ小型のフライパンは最初から持っていたのだが、今度は玉子焼き器を長らく持たなかった。なので玉子焼きを焼くときは丸いフライパンを使っていた。だがこれがまた上手く焼けない。何年ものあいだ丸いフライパンで奮闘し歪な形の玉子焼きを焼いていたが、ついに一念発起して数年前に玉子焼き器を買った。するといとも簡単に玉子焼きらしい形の玉子焼きを焼けるようになった(美味しい玉子焼きであるかどうかは別にして)。今までの苦労はなんだったのだ。


道具というのはある程度代用が利くものだし、工夫して少ない道具を使いまわすのが生活上手だとは思うけれど、こと目玉焼きと玉子焼きだけに関しては適材適所という言葉を思い出さずにはいられないのだった。